ちょっと更新停止してました。
祖母がね、亡くなったんです。
19日に。本当に突然で。
まだ全然実感が湧かない。
ちょっと長期の旅行行ってて明日にはお土産持って帰ってくる、本当にそういう感じ。
これからだったんだけど。
次の旅行も楽しみにしてて、それなのに。
顔も生きてるみたいで、でもやっぱり冷たくて、認めざるを得なかった。
脳に血がたまる病気とかで。
四ヵ月程進行を続けて、少しずつ脳が圧迫されていたらしいです。
予兆もあったらしい。
転んだり、吐き気がしたり。
私は学校に行っててそのことは全くわからなかったのですが。
その時に、声掛けだけじゃなくて無理にでも病院に連れていけば良かったとか。
総て後の祭り、もう変えられないことだと割り切れれば楽だけど、それができないのが人間。
そうやって後悔してる父母を目の前にするのは凄く辛いよ。
祖母は湯槽に浸かった状態で意識が無くなっていたらしいです。
皮肉にも、そういうときに限って早く寝てしまったりするんだよね。
私が何も知らずに寝てる間に、あんな遠くに行ってしまっていたなんて。
もう死ぬ迄会えないじゃないか。
普段11時回ると殆ど風呂に入らない祖母がその日はたまたま入っていて、またそれは家族がいつも眠りに就く頃の時間帯。
だから発見も遅れてしまった。
偶然ばっかり重なって、なんで、っていう疑問しかわかないや。
それも全部行き場の無いものだけど。
祖母一人いるだけであんなに賑やかだった家が、今じゃ静かすぎて余所みたいに思えてくるんだ。
居るのが当たり前、と思ってしまうから駄目だよね。そんなこと絶対にあり得ないんだから。
一時一時大事に生きなきゃいけないんだっていうことを、こういう時にしかちゃんと実感できないのが悔しい。
「諸行無常の世の中で、今日とも知れず明日とも知れず。この世の総ては、皆、まぼろしまぼろし。それが人間の姿だから」
祖母が亡くなってすぐ、うろ覚えの祖父の言葉。
こんなこと言われたら頷いて泣くくらいしかできないじゃないか。
生死流転、常なんてのは無いから。
一人欠けたとして、時間はいつも通り流れるんだ。
事実が浸透するのを待ってくれない。
というか、時が経てば嫌でも認めなきゃならなくなる。
そしてまた新しい「当たり前」が出来上がる。
嫌な慰め方するよなぁ時間も。
今の当たり前が当たり前でないことも忘れさせてしまう。
それでまた崩れたときに、そのことを思い出させる。
でもたまには思い出さないと。麻痺しちゃうもんね。
別の形で思い出せたらいいのだけど。
まあ多分これより衝撃的な思い出し方なんて無いんだろうな。
痛みと一緒にだけど、心に刻むから。
よくできてるよ、本当に。
一人留まることはできない。
ちゃんと日常に戻らなければね。
課題やんなきゃーな。